それは始め、水平線の彼方に浮かぶ小さな点だった。最初にそれに気付いたのは、おそらく小舟で海に出ていた漁師の誰かだっただろう。何故か目を離すことのできぬ異質な存在感を放つそれは、音も無く、みるみるうちに質量を増しているように見えた。それが恐ろしい速さで迫りつつある、途轍もなく巨大な"何か"だと察したとき、誰からともなく本能的に、元いた浜に向かって舟を漕ぎだしていた。
逃げなければならない。知らせなければならない。恐ろしいものが来る。
広場が一瞬呆気にとられて静まり、人々の顏に不安が広がる。恐怖に駆られて再びざわつきかけたそのとき、物凄い地響きと共に轟音。桟橋の破片や砂を混じらせた水飛沫が頭上に降り注いだ。
その場から村の外へ逃げ出す者、驚いて建物から飛び出した者、家族の元へ走り出す者、浜辺の様子を確かめに行こうとする者とで、村全体が騒然となった。
ジルは一度家に戻る坂道へ向かいかけ、思い直すように浜辺の方角に目を遣る。キナには、アダロが付いている。
(…コルテスはどうした?)
メリンは、身重のマイラの元へ向かったようだった。コルテスとエルバーは見かけていない。
(…まだ、浜辺に?)
村中が混乱しているのだ。既に戻ってきているかもしれない。ここからでは浜辺の様子はよく見えない。入れ違いになったのならそれでいい。ただ、確かめずにはいられなかった。
浜辺を見下ろす小さな崖にはたった今まで、殊勝にもなんとか村を防衛しようという数人の兵士たちが集まっていたが、ドラゴンの姿を見て怖気づいたのだろう、様子を見に走り込んだジルと入れ違うように、肩をぶつけ合いながら逃げ去ってしまった。兵士に押しのけられながらも、初めて目にする存在に釘づけにされる。
村で一番大きな教会の何倍にもなるだろう巨躯。恐ろしげな唸り声。吐き出される炎。単なる魔物などとは到底思えない、神々しくすら感じるその勇壮な姿。
束の間、呆けた様に立ちつくして我に返り、恐る恐るドラゴンから目を移すと、そこには凄惨な光景が広がっていた。砂に突っ伏して動かない者、炎に焼かれた者、押し潰された者、瓦礫に巻き込まれた者…悲痛な表情を浮かべながらも、必死に目を凝らす……と、転がった小舟の陰に隠れるようにうずくまるエルバーの姿。そしてよく見るともう一つ、小さな人影。エルバーが覆い被さるように守っているのは…アリタだ。
(アリタを漁に連れ出してたのか…)
おそらく、アリタを守りながらでは逃げ切れなかったのだろう。なんとか隠れはしたものの、二人の後ろは切り立った崖。しかもドラゴンが僅かに向きを変えれば直ぐに見つかってしまう、危うい状態だった。エルバーだけなら、なんとか自力で脱出できる可能性もあるだろうが、アリタを連れてとなると…
コルテスの姿はない。少なくとも、ここからではこれ以上確認しようがない。無事だと信じる他なかった。
(…今はとにかく、あの二人をなんとか助けないと…)
その場にしゃがみ込み、機会を伺うように観察してみる。よくよく見れば、ドラゴンはただ闇雲に暴れている訳でもなさそうだった。威嚇しているのか、畏怖を抱かせるように立ち回って見せているのか…理知的な光を宿す目が、そう思わせているだけかもしれない。
ジルは、自身でも驚くほどに冷静だった。兵士が情けなくもその場に放り捨てていった剣を手に取る。
「こう見えても剣の腕には覚えが…なんてね。」
剣の修行などしたことは無いが、剣術ごっこでは何故かジルが1番強かった。力が強いわけではない。どうすれば効率良く相手をやり込められるのか、なんとなく解っていただけだ。勘がいいというか、筋がいいというのか…とはいえ、ドラゴン相手に剣で立ち向かおうなどとは毛ほども思っていない。ただ、持っていれば何かの役には立つかもしれない。いざとなれば放り投げて気を逸らすか、その程度だろうが…
見たところ、ドラゴンは今はそれほど激しく動いてはいない。注意深く隠れながら進めば、なんとか二人の元までたどり着けそうだ。瓦礫の山や小舟の残骸がいたる所にある。
ジルは深く深呼吸すると、体を低い体勢に保ったまま、ドラゴンの目線に気を配りつつ走りだした。
(本物の剣はやっぱりちょっと重いや…)
逃げなければならない。知らせなければならない。恐ろしいものが来る。
広場が一瞬呆気にとられて静まり、人々の顏に不安が広がる。恐怖に駆られて再びざわつきかけたそのとき、物凄い地響きと共に轟音。桟橋の破片や砂を混じらせた水飛沫が頭上に降り注いだ。
その場から村の外へ逃げ出す者、驚いて建物から飛び出した者、家族の元へ走り出す者、浜辺の様子を確かめに行こうとする者とで、村全体が騒然となった。
ジルは一度家に戻る坂道へ向かいかけ、思い直すように浜辺の方角に目を遣る。キナには、アダロが付いている。
(…コルテスはどうした?)
メリンは、身重のマイラの元へ向かったようだった。コルテスとエルバーは見かけていない。
(…まだ、浜辺に?)
村中が混乱しているのだ。既に戻ってきているかもしれない。ここからでは浜辺の様子はよく見えない。入れ違いになったのならそれでいい。ただ、確かめずにはいられなかった。
浜辺を見下ろす小さな崖にはたった今まで、殊勝にもなんとか村を防衛しようという数人の兵士たちが集まっていたが、ドラゴンの姿を見て怖気づいたのだろう、様子を見に走り込んだジルと入れ違うように、肩をぶつけ合いながら逃げ去ってしまった。兵士に押しのけられながらも、初めて目にする存在に釘づけにされる。
村で一番大きな教会の何倍にもなるだろう巨躯。恐ろしげな唸り声。吐き出される炎。単なる魔物などとは到底思えない、神々しくすら感じるその勇壮な姿。
束の間、呆けた様に立ちつくして我に返り、恐る恐るドラゴンから目を移すと、そこには凄惨な光景が広がっていた。砂に突っ伏して動かない者、炎に焼かれた者、押し潰された者、瓦礫に巻き込まれた者…悲痛な表情を浮かべながらも、必死に目を凝らす……と、転がった小舟の陰に隠れるようにうずくまるエルバーの姿。そしてよく見るともう一つ、小さな人影。エルバーが覆い被さるように守っているのは…アリタだ。
(アリタを漁に連れ出してたのか…)
おそらく、アリタを守りながらでは逃げ切れなかったのだろう。なんとか隠れはしたものの、二人の後ろは切り立った崖。しかもドラゴンが僅かに向きを変えれば直ぐに見つかってしまう、危うい状態だった。エルバーだけなら、なんとか自力で脱出できる可能性もあるだろうが、アリタを連れてとなると…
コルテスの姿はない。少なくとも、ここからではこれ以上確認しようがない。無事だと信じる他なかった。
(…今はとにかく、あの二人をなんとか助けないと…)
その場にしゃがみ込み、機会を伺うように観察してみる。よくよく見れば、ドラゴンはただ闇雲に暴れている訳でもなさそうだった。威嚇しているのか、畏怖を抱かせるように立ち回って見せているのか…理知的な光を宿す目が、そう思わせているだけかもしれない。
ジルは、自身でも驚くほどに冷静だった。兵士が情けなくもその場に放り捨てていった剣を手に取る。
「こう見えても剣の腕には覚えが…なんてね。」
剣の修行などしたことは無いが、剣術ごっこでは何故かジルが1番強かった。力が強いわけではない。どうすれば効率良く相手をやり込められるのか、なんとなく解っていただけだ。勘がいいというか、筋がいいというのか…とはいえ、ドラゴン相手に剣で立ち向かおうなどとは毛ほども思っていない。ただ、持っていれば何かの役には立つかもしれない。いざとなれば放り投げて気を逸らすか、その程度だろうが…
見たところ、ドラゴンは今はそれほど激しく動いてはいない。注意深く隠れながら進めば、なんとか二人の元までたどり着けそうだ。瓦礫の山や小舟の残骸がいたる所にある。
ジルは深く深呼吸すると、体を低い体勢に保ったまま、ドラゴンの目線に気を配りつつ走りだした。
(本物の剣はやっぱりちょっと重いや…)
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