坑道の内部は、備え付けられたランタンや篝火のおかげで夕暮れ時の外よりも明るいくらいだった。丁度作業を終えたところと思われる鉱員達の陽気な談笑の声が響いている。
 山を一つ貫通して抜けるため、出口まではそれなりに距離がある。今日のうちに中ほどまでは歩くのだとベルモットは言う。
 分かれ道も多数あり、そこそこ複雑な構造ではあるようだが、連絡路ということもあり、順路にはそれと判るよう岩壁にカンテラが設えられている。それを辿るまでもなく、鉱員達がぞろぞろと列をなして歩く後についていく。外へ出ていく者もあったが、半数ほどは坑道内に留まるようだった。

 前を行く屈強な体つきの男たちの背を追いながら、ジルは好奇心のままにきょろきょろと落ち着きなく周囲に目を配っていた。石を切り出してできた空間に木の扉をあてがっただけの部屋や、石壁にむき出しになったきらきら光る鉱石など、隙あらば走り寄って確かめたい衝動に駆られたが、先のベルモットの言いつけを頑なに遂行する律儀な "繋いだ手" の主がそれをさせてはくれない。歩調も一定の速度を保ったままのため、小走りとまではいかないながら、ジルは自然と早足を余儀なくされている。
 半日もそうしていると流石に足に気怠さを感じ、歩きながらでも足を摩ろうと前屈みになった瞬間----もつれて、転んだ。

 「いてて…」
不幸中の幸いとでもいうのか、繋いだ手のおかげで膝小僧を少し擦った程度で済んだ。一瞬、このまま引きずられる事を想像したが、彼女はその場に屈み、変わらない表情のままでジルの顔を覗き込む。
 「大丈夫ですか?」
 「うん…ちょっとつまずいただけ…」
と、転んで手を突いた感触の違和感に気付く。ひやりとしたそれは石の感触、だが他の地面とは少し違う。見ると、明らかに人工物と思われる装置が地面に据えられていた。地面を削って造られた窪みに巨大な石版の様なものが嵌め込まれている。不思議に思っていると、ベルモットも傍に屈んでジルの足をまじまじと検分する。
 「ああ…無理させすぎちまったか?すまねえな…おいあんた、おぶってやってくれるか。」
彼女は無言で頷くと、背を貸してくれる。ジルは遠慮なくおぶわれながらベルモットに尋ねてみた。
 「ねえ、あれは何?」
 「ん?…ああ、あれは魔物避けというか…」
ジルの目線を追って初めてその装置に気付いたベルモットは説明する言葉を探しているようだった。それに代わるように答えた者がある。
 「お嬢ちゃん、あれはな、石扉を開け閉めするための装置だよ。」
後ろを歩く少女が転んだのを案じたのだろう、数人の鉱員が集まってきていた。
 「ねえさん、変わろうか?」
ジルを背負うのを交代しようか、と中の一人が申し出たが、彼女は首を振って制した。鉱員達は顔を見合わせたが、それ以上は追及しない。
 「見えるかい?あれが石扉だ。今は開放してあるがな。あれで魔物がここを通り抜けるのを防いでいたのさ。領王エドマン様が即位なさる前だから、大分昔の話になるがね。」
 "領王エドマン" はグランシス半島に住む者にとって英雄だ。"竜王" と異名をとるその王はかつて覚者としてドラゴンを討伐し、半島を窮地から救った。在位は数十年にも及ぶが、覚者であるが故に老いる事はなく、現在もその統治は続いている。
 「今はいい時代さ。北の "長城砦" に、南の "眩み砦" が完全に魔物の進行を阻んでいるからな。こうして都の外で仕事にありつけるのも領王様のおかげだあな。」
陽気な調子で領王を称える老鉱員に、今度はベルモットが尋ねる。
 「それはそうと、じいさん、あんたは当時の事を知ってそうだな。ここにいたっていう魔物…見たことあるのかい?」
 「ああ…あの装置で魔物をとおせんぼしてた、と言うよりはな、閉じ込めていたんだよ。」
再び歩き出しながら、老人の口から語られる昔話に、ジルだけでなく集まった他の鉱員達も興味深げに耳を傾ける。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

 その話の内容はよく覚えているよ。いや、思い出したっていうのが正しいかな…?彼女の背中は手のそれとは違って、温かくてね。いい気持ちで…半ばウトウトしながら聞いていたんだ。
 半島にやってきたドラゴンは、"穢れ山" に降り立ち、そこにある神殿を棲処とする。ドラゴンが棲んでいると、魔物が活性化するんだ。出だしはそんな風だったかな。
 ドラゴン討伐の為に兵を割くから、他が手薄になる。遠征のたびに覚者を伴うけれど、帰ってはこない。失敗すればそれだけ兵力も失う…悪循環だね…
 まあとにかく、そんな時代があって、その魔物も御多分に洩れず、ドラゴンが半島に飛来したのをきっかけに何処からともなく現れ、この坑道に棲みついた。近隣の村から、森にある修道院から、女性ばかりが何人も攫われて……食べられたんだって-----

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

 「当時はここに割く兵力も無かったんだろうな。殆ど放置されていたよ。近隣の者が集まって、犠牲を出しながらも何とかあの装置を動かして、奴をここに閉じ込めたんだ。」
思い出すだけで身の毛もよだつぜ、と、ぶるりと身震いする仕草。一瞬静まり返って、鉱員の一人がわざと明るく口を挟む。
 「まあ、でもよ、今はいねえってことは、討伐されたんだろう?」
老鉱員は意地悪そうににやりと嗤い、そう思うかい?と続けた。
 「そうこうしてるうちに、今の領王様…エドマン様がドラゴン討伐を果たして即位なさった。それまで無限に湧いてくるようだった魔物もみるみる減っていってな…そのうちに、ここにも討伐隊が差し向けられた。しかし……蓋を開けてみりゃあ、肝心の奴は何処にも見当たらねえ。食い散らかされた肉片と血糊のついた人骨だけが其処ら中に転がってた。」

---ぞくり、と。怖じ気が睡魔を吹き飛ばし、ジルは身震いした。ごくりと唾を飲み込んだのも、ジルだけではなかっただろう。それまで興味の対象だった坑道が、急に魔窟の様に感じられる。点々と続くランタンの灯りは、その明るい暖色の光の届かぬ端々に、一層深く濃い闇を落とし込んでいる。
 「---今も、回収しきれなかった犠牲者の亡骸の "破片" がそこいらに埋まってるだろうな…」
 闇の中から視線を感じるような気がして、ジルは彼女の首に回した手にぎゅっと力を込めた。
 「ははは!まあ、何十年も前の話だ。あれから一度も奴の姿を見たものはない。もう安全だよ。」
老鉱員はくしゃりと皺の寄った屈託のない笑顔をジルに向ける。ジルも懸命に表情をつくり、やっとのことで引きつった笑みを返した。
 「ははは、怖がらせちまったな。すまんすまん…ほら、もうすぐ広場に着くぞ。美味そうな匂いがするだろう。」
言われて、食欲を誘う香りが奥から漂ってきていることに気付く。一瞬、そちらに意識が移ったが、一度もたげた不安は頭を離れない。

 暗闇から感じた視線の主は、かの人喰い鬼か、はたまた犠牲者達の亡霊か------


 

 
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。

COMMENT FORM

以下のフォームからコメントを投稿してください