「一緒にならないか。」
それは唐突な告白だった。不意を突かれて慌てはしたものの、別段驚きはない。
カサディスは小さな漁村で、グランシス半島の最端に位置する。半島には現在"町"や"村"と呼べる場所は、領王の住まう領都グラン・ソレンとカサディスの二つだけ。あとは魔物に対抗する為の砦や、賊の根城となっている廃墟がいくつか。陸路は峻厳な山々によって本土への道に蓋をされた形であり、といって海路による他国間の交流もあまり盛んではない。
そんな風だから、時折やってくる商人や、領都から派遣されてくる兵士、聖職者以外の村への出入りはほとんど無いと言っていい。旅人も無くはないが、こんな最果ての辺境にやってくるのは余程の物好きか変わり者だろう。そうでなければ、ジルの様な"訳あり"か。
村の者は大概、村の者同士で婚姻する。決まり事や風習ではないが、選択肢が少ないのだ。ジルとコルテスは恋人という間柄ではないが、気心の知れた幼馴染だ。
ジルは本土の商人の娘で、幼い頃は屋敷とも呼べるような家で女の子らしい暮らしをしていたから、部屋の中で空想したり、ままごと遊びをするよりは、男の子に混じって漁や狩りをしてみたり、剣術の真似事をしたりする方がずっと新鮮で面白かった。実際にジルの性に合っていたのかもしれない。今もスカートではなく擦り切れたワーカーパンツを穿いて、胡坐をかいてしまっている。
コルテスが迎えに来たのは、日が沈んで辺りが薄暗くなる頃合いだった。ジルの養父でもある村長のアダロと、幼い義妹のキナと三人で夕食を済ませ、後仕舞をしている最中で、少し蒸し暑いくらいの温度だった。
「少し外で涼まないか。」
と言うコルテスの誘いに、何を不審がることもないし、気負うこともない。アダロに一声だけ掛けて、そのままの格好で出てきた。
ぽつぽつと会話をしながら浜辺に出ると、桟橋に備え付けてあるランタンに火を入れ、段々と色の変わっていく空を、二人で海に石を放りながら眺めていた。
コルテスが元々無口なことを知っているので、会話が途切れても特に気にすることもない。むしろ気が楽だし、心地よい沈黙だった。
ジルは呑気に(帰るまでにコルテスより一個でも多く石を投げよう…)などと無意味な目標を自分に課していたものだから、突然切り出されて、放ろうとした小石を取り落としてしまった。
コルテスは無口で不器用な男だが、漁師としての腕は確かで、男気もあり、村人達からも信頼されている。
幼馴染の中でも、コルテスの兄であるメリンは一昨年結婚して、もうすぐ父親になろうとしているし、最年長のエルバーも、今年で5つになる娘のアリタを溺愛している。
ジルも、もう22歳になる。二人が一緒になるのは自然な事のように思われた。
(コルテスなら、いいかな。。)
そう思えた。ジルの心はほぼ決まっていたが、即答するのはなんだか憚られた。照れ隠し、だったのかもしれない。
「少し、考えさせてよ。えーと…明日まで。」
そう告げると、コルテスはどこか安堵したような様子で微笑む。なんとなく心を見透かされたようで焦ったが、平静を装って海に向き直ると、再び小石を放りながら、私はもう少しここにいるから、と促した。
「…そうか。じゃあ、また明日。」
ジルは振り返らずに、おやすみ、とだけ言うと、立ち去る足音が遠のくのを聴きながら、ランタンの灯りを橙色に照り返す海をじっと見つめていた。
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